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いのち 2




Pinkyは2歳の時に我家にやってきました。
人の手に敏感に反応し、防衛反応で激しく威嚇します。

家族にも芯から心を開けることができません。

娘の子どもが誕生し
わたしは大切にします。
Pinkyはいろはがとても大切にされていることをしっています。
傷つけてはならないことも十分理解しています。

わたしのお布団で昼寝するいろはに寄り添いPinkyも眠ります。
その姿はまるで守るかのように。

いろはの足を無心でぺろぺろなめたりしています。

いろははハイハイしたり盛んに手でいろんな物を触ります。

いつも傍にいるPinkyにしきりに触れにいこうとします。

Pinkyは決して噛もうとしませんが、反射的に威嚇しだしました。

何回も何回も。

わたしはPinkyに話し続け、いろはにも話します。

注意深く見守ります。

すると、、、

ある日、思いついたかのように、
いろははハイハイをしてPinkyに近づき、手を使わず、
頭でPinkyにそっと触れるではないですか!

わたしは目を疑いました。
心がほんとに暖かくなりました。

Pinkyは勿論威嚇することなくいろはをじっと見つめています。
いろはは至近距離でPinkyとアイコンタクトし
うれしそうに満足げにしています。

時折、いろはも反射的に手で触ろうとしますが、すぐ思いだし手をひっこめます。

そしてPinkyが大切にしているぬいぐるみやガムにはさわりません。

はじまりは、目の前の存在と関わりたいと思う心

どのような状態でもジャッジはしません。

いろははわたしがPinkyに頬ずりをし、Pinkyが気持ちよさそうにしているのを
観察していたようです。

わたしは思わず、いろはとPinkyにハグします❤





























いのち




2017年が明けて
あっという間に4月となりました。

3月は天体の動きも賑やかにセンセーショナルな閃きを実行することを
促された方も沢山いらっしゃったのではないでしょうか。

ちょうど、新年度を迎え入学という未知の世界へ向かう
喜びと不安が入り混じった感情にあふれた期間でもあります。

これまでの選択の質そのものが大きく変化したすなわちレールそのものを
乗り換えた方は、これまでこの世界を渡るのに携えていた数々の価値観や蓄積、
いわゆる道具は何一つ使えるものはなく
静かにその手から放す以外為すすべはありません。

その選択の質は、あとからあとから目の当たりにし
あまりの荘厳さに驚愕されることでしょう。

4月11日は、
尊敬してやまない祖父の命日を迎えます。

30年を迎えます。

この時期になりますと、
剣士であった祖父が幼いわたしもガタガタと体が震えるくらいの荘厳な姿で
居合道に打ち込んでいたことをありありと思いだします。
その姿から言葉を越えた精神性にふれていました。

1987年は
私自身相当な覚悟の時であったことを祖父の命日と共に回想します。

結婚の翌年となります。

祖父との別れ、数日前には叔母とお別れしたばかりです。
二カ月後には長男の出産
その二カ月後に義父とのお別れ
親族争い
母屋火事全焼
主人は引き継ぐ予定の家業を失い無職

結婚して一年

まったくゼロからのスタートとなりました。

結婚そのものもこの世界で当たり前とされる価値観は全く持ちあわせていず、
わたしは、ただ主人の心の奥底の光だけを頼りとし決めました。

この世界で通用する価値観を選択しないことの厳しさを
ある意味試された時でもありました。

あれから30年、ほぼあきらめても決しておかしくない出来事の連続でしたが、
わたしはその度に思いだしました。

不動の姿の祖父を。
その姿に私自身を重ねました。
そして
主人の心の奥底に観た光を思い起こしていました。



そして、、、

いまその当時全く想定できないほどの光景を目の当たりにし
「いのち」が紐解かれています。

的を得た選択の厳ししさは、
30年まえに体験し、
理解しています。

この地上で体験する苦の現れ方を30年体験、選択を自ら経験した上で
最も最短で的を得た選択をしていただけるようサポートの進化に
人生を捧げて来たと言っても過言ではありません。

スピリチュアルとはある意味超現実であることを忘れてはなりません。



そして、今ようやく波及の準備が整ったことを心から感謝し

祖父の30回忌を迎えたいと思います。




































お寺ヨガ





まだまだ気温が下がり冷たい日もありますが、
確実に春はのびやかに訪れています。

我家の庭の白木蓮が咲きました。

朝、愛犬と散歩に出れば、日増しに鳥のさえずりの種類が増えています。
ムスカリやつくしが一斉に顔を出し、
時折何十匹もの猿が子猿をおぶってくりだしているのに遭遇します。

我家の金魚は冷たい時を静かに過ごし
暖かい日にお水を一新し
目覚ましとなり元気いっぱい尾びれ背びれを動かし始めました。

わたしも心身共にストレッチをと思い
お寺ヨガに出かけました。

ほんとに気まぐれにふらっと訪れるわたしですが、
いつもそこにあり、いつも変わらず受け入れていただき
ありがたいなぁと思います。

その空間には、
講師の人生の詩が流れているようです。

とてもすてきです。
































生命力





牡羊座の新月は生命力に関わります。

写真は地蔵大松を写したものですが、とにかく大きく写真におさまりません。

わたしは何度見ても生命の不思議さに感嘆します。

人々の真心が手向けられた地蔵菩薩を難を逃れるため地中深く埋め
その事実を後世に残すためこの松が植えられました。

雄株と雌株が一体となり今も躍動しまるで龍のようです。
右側と左側は葉の様子がちがい
雌株にはまつぼっくりが沢山実っています。

見れば見るほど生命の奇跡をみる事が出来ます。

人々の切なる真心は永遠に生命を養う。

生命の神秘、

真の生命力ではないかと思うのです。

まっすぐな真心は永遠不滅であることをこうして見せていただいているようです。

人は、ここに生まれた理由を、人生の意味を体験的に知ることで
この生命エネルギーが完全に循環していくのではないでしょうか。


















































牡羊座の新月




今日は、ほんとうに嬉しい日でした。

ほんとうに。。。ほんとうに。

年を重ねた母の用事にわたしはお伴しました。
その場所は
私が生まれ、幼少期過ごした所でした。

せっかく来たので、帰りには県指定天然記念物の地蔵大松に会いに行きました。

「地蔵大松」の現地説明板によれば、
日本に仏教が公式に伝えられたのは538年(欽明7年)ですが、
その後崇仏派の蘇我氏と排仏派の物部氏との争いは、物部氏の敗北で終わり、
以後蘇我氏は仏教以外の信仰を禁じるようになったとされます。
当時、鈴鹿のこの地で古来より地蔵菩薩を深く信仰していた人々は、
礼拝していた石像を地中深く埋めて隠匿し、
その場所をひそかに後世に伝えるための目印としてこの松を植えたと伝えられています。
 享保17年(1732年)にこの地に大干ばつが起こった際、
この松の側を掘り返したところ地蔵菩薩が出土し、
その下から水が沸き出し地域の田畑を潤したという説話が残っています。
現在、黒松の木の下にある地蔵堂には石の地蔵菩薩が祀られており、
地域の人々の厚い信仰を受けているそうです。 (転載)

・・・ということは、
松は1479年程前に植えられ、285年前に地蔵菩薩は再び姿を顕したということです。
その場所に立つと、
人々の真心が積み重ねられ、祓い清められた空間に感嘆いたします。

その松は雄株と雌株が一体となり一本の木として鎮座しています。
枝葉は雄と雌とはっきり分かれています。

私と母はしばし地蔵堂の前で黙し感謝の祈りを捧げました。

すると後方に気配を感じ振り向くと
一人のご老人がいらっしゃいました。

突然現れたかのようで私たちは少々驚きました。

その方は丁寧に松についてお話くださり、
わたしたちはいろいろとお話が弾みました。

そうしたところ、母がその当時住んでいた頃がなつかしくなり、
今ではどうなっているか尋ねたのです。

ご老人は驚いた顔をされたのです。

今は亡き父を良く知り、お世話になったと話してくださり、
何と言うめぐりあわせかと感激し
今現在の様子を教えて下さいました。

50年を経てのことです。

DNAの整理に取り組み、
種洗いを進めてきた50年。

そして今また生まれる時に回帰してきたことを体感したそんな一日でした。

もう間もなく牡羊座の新月を迎えます。
生命力そのものを象徴するエネルギーです。

地蔵大松の姿は生命力の象徴のようでした。

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以下転載させていただきます。



【新月が起こる場所】牡羊座

【新月になる時刻】3月28日11:57

【ボイドタイム】3月29日21:08~30日0:49

【牡羊座新月のキーワード】「自分を信じる力」「開拓精神」「生命力」「直感力」
「エネルギッシュな行動力」……etc.

 今回は、宇宙のお正月である「春分の日」を迎えてからの最初の新月で、
「牡羊座の新月」。
もともと、物ごとの始まりをサポートする新月ですが、12星座の始まりに位置し、
生まれたての生命を象徴する“牡羊座”の新月は、始まりのパワーが最大級! 

 しかも今回の新月は、太陽と月に金星も重なり、
さらに水星・天王星も同じ牡羊座エリアに滞在中。
とてもパワフルに牡羊座パワーが働きます。
牡羊座のパワーは、自分らしく生きることや自己肯定感、
スピーディーな決断力や行動力などをサポートしてくれます。
そのため、自分革命をスタートさせるエネルギーをたっぷりもらえる新月になるでしょう。

 今年の春から、一年かけてなりたい自分像や、
これから新しく始めたいことなどを願うのに最適のタイミングです。
今までできずにいたことなどにもフォーカスして、前向きに進むことを決意しましょう!

「牡羊座新月」にオススメのお願いごと

 牡羊座は上記のほかにも、「自立に関すること」や「新しく始めること全般」に
恩恵を与えてくれます。

「勝負強さ」や「冒険心」も得意ジャンル。

まさにエンジン全開で走りだせる時なので、
勇気や夢を持続できるようなお願いごとをしてみましょう!

★お願いごとの例★

「誰に反対されても自分で決心できる強さがほしい」

「新しく始める◯◯が、私にとっていい結果をもたらしますように」

「1人でもきちんと生活していける自立心がほしい」

「競争や勝負を恐れずに、勝ちにいける人になりたい」

「情熱的に打ち込める趣味や学問に出会えますように」

「スピーディーかつパワフルに行動できる私になりたい」……etc.




























鶴と亀

お彼岸が明けました。

「勇気という盾と愛という剣」

この日本の流れが大きく変わる節目を迎えたと言っても過言ではない
出来事がありました。

わたしは、籠池康典氏の証人喚問をテレビ中継で確認いたしました。

様々な解釈や意見を交えた断片的に伝えるニュースではなく
中継を見ました。

率直に
日本が混迷が最も露見するトリガーであったのではないでしょうか。

籠池氏が証人としてご自身の落ち度は認めつつ
誠実にありのまま語ろうとされた背景には
バランスを欠いた愛国心の隙の持つ
パワーの現実を知ったことからではないでしょうか。

大変な集合想念を受けて証言していくことは並大抵ではありません。

質問に立つ議員の意図には、
相手の存在を十二分に尊重しその上で、解明していく姿勢が
随分欠けていることを実感しました。

この国にのさばる真に自己の心を裏切り続けていることの
言い訳がまかりとおり、そのための地位や権限を持つことがステイタスだと
信じもがく在り方が総崩れしていくはじまりとなったのではないかと思います。

首相自身、この国の未来の岐路の舵を
まさに真のリーダーシップでもってきっていただきたいと思いました。


鶴と亀が出会う

美し国 日本の心を立ち上げる














春分を迎えて









暑さ寒さも彼岸までといわれますように

今日は陽光に包まれ

ウグイスの鳴き声が大きく響く一日でした。

今回の春分点は宇宙元年。

分岐点。


一年のうちに春分、夏至、秋分、冬至と潮の分かれ目を迎えていますが、
特にわたしは春分、秋分で様々なシグナルを受け取ってきたように思います。

2007年、救急車で運ばれる事態となってからは、
強烈といっていいほど、この世界に生を受けた本題に引き寄せられ、
徹底してルーツ、受け継いでいるDNAの整理を促され、
激動に激動を重ね今に至ります。

この世界で生存するにはあまりに過酷な状況にみまわられても
この世界に生まれてきた真意は消えるどころか
益々はっきりとし
見ないふりも避けて通ることも1%も魂が納得がいかず
寝ても覚めても一時も離れることなく
歩き続けて10年。

2013年の春分にはすべての整理を終え喜び祝う非常にリアルな夢、
ビジョンがもたらされましたが、
現実との時差があり、とてもとまどったこともあります。

あれから4年目の今朝、
そのビジョンが何を意味していたのかがはっきり現実的にもたらされました。

10年一区切り

2007年の秋分の日にもたらされた目覚ましでもあった、感謝の涙にくれたメッセージから2017年の春分にその一段階を終えました。

感謝



































































人は見たいものを見る





もう随分前に
絵画のモデルをしていたことがありました。

何十人の人たちが、一斉に私を描きます。

何カ月もかけて完成させます。

だんだんうかびあがっていく、幾人もの「わたし」を見、

大変大変驚きました。

描く人のそれぞれの傾向性がその人物に投影されて
全く別人でどの人もその方の分身をまるで描いているかのようでした。

絵画展で入賞された方がみえましたが、
おもいしろいことにその方が描いた「わたし」はまさに「わたし」だったのです。
もちろん忠実さを競う場ではありません。
創造、芸術の場ですが、
心のしなやかさ、素直さがより多くの人々の共鳴を呼ぶということであったと
思います。

わたしたちは目を通して瞬間瞬間見ていますが
自分自身の見たいものが映し出されているにすぎず
実にありのまま見るということの難しさを痛感したことを
思い出しました。

感慨深い体験の一つでしたが、
「人は見たいものを見る」ということが非常にわかりやすい光景でした。

お彼岸は解放されたがっている記憶に基づいた事象が起きやすく
体調も不安定になりがちです。
しかし、真摯に揺れ動く心を野放しにすることなく受け入れることは
縁者からサポートもダイレクトに受けとることがでます。


















お彼岸





言葉を越えて理解しあい、
いつも寄り添い癒し癒される大切な友

夕刻、連なる山々を眺めながら散歩します。

お気に入りのベンチが見えてくると
一目散にかけより、
わたしと並んで座り、
一人と一匹
沈みゆく太陽をただ眺めるひととき



さて彼岸の入りです。
彼岸とはこの世を去った領域との境が限りなく薄くなります。

血族で受け継がれているDNAの情報を受け取り昇華し終えていない案件については
色濃く浮上します。

体調の不良や、去来する、押し寄せる感情の波や
それが現象化していることも見受けられます。

それは受け取れていないサインです。

情報があふれていますと、
あたかもそれが真実であると思いがちですし
客観的に観ることも困難をきたします。

そんなとき、
思い出していただきたいと思います。

客観的に観る事はできなくても波立ちから選択することをしないことを。

昇華されたがっている情報がのこされているとすれば、
とても鮮明にその事象は顕れて来るのが今のタイミングです。































































手放して、手放して





手放して、手放して
ただ、愛しているということだけに満たされる
FullMoon/2017/3/12



わたしは何者で、何をしにここへやってきたのか。
究極は「わたしは愛している」わたし自身がそれを認め尊び喜び満たされること
そしてわたしは宇宙であり、母性であることを体験的に知ること

菊に桜

菊のみは男性性
桜のみは女性性

菊に桜は母性