蝶が舞うように海原に解き放つ
AMATERAS/Lu Shangri-La -
RSS ファンになる

最新記事

新緑
双子座の新月
美しい魂の記憶へ
上海
牡牛座の新月
検索エンジンの供給元:

マイブログ

蝶が舞うように海原に解き放つ

 
 
 
 
 
 
 
8/18~20
水瓶座の満月に
旅に出ました。
 
どのような展開になるかは、導かれるままに、感じるままに。
 
誘われた場所は、
18日三重南伊勢 瀧原宮~新桑窯~
19日ニラハマ~八柱神社~不動滝
(もしも高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を読んだらの演劇を鑑賞する
機会をいただく)~
20日神武台~鬼が城~花の窟~七里御浜~奈良十津川村 玉置神社
 
走行したルートはいなべ市、亀山市、南伊勢、和歌山県新宮、奈良県十津川村、
天河、吉野、明日香村、大輪、伊賀
 
玉置神社へのルートは大変険しい道のりです。
熊野の山々の奥深く頂上を目指し走る道は、落石や、道自体が崩落しないかと
思う個所も何箇所かあり、
常に急カーブの山道が10キロ以上続きます。
 
熊野本宮大社も相当山奥にありますが、
奥の院だけあり比にならないほどの参道となります。
ちょっと参拝にという具合には到底参ることはできません。
 
様々なサインに導かれ、上記の全ての場所へ向かう事ができました。
最終日の行程は、どのようにして可能になったのか、
思いだすことすらできないぐらいでした。
 
朝車の座席に白い羽根、車の横には鷹の羽根、お借りしたロッジの前には
鹿がやってきた痕跡、車を走らせれば、黒アゲハの群れが目の前を舞う
尋常ではないサインからスタートしていました。
 
新桑窯(さらくわがま)は、平家の落ち武者が塩を創っていた場所とされています。
この周辺は窯という字がつく地名が並びますが、
塩を創っていた場所を現わすようです。
 
新桑を歩きますと、
石が積まれ塀で囲むような様子が森の中に見受けられ、
石はいつ崩れても不思議でないのですが、
取り壊されることもなくその形状を保っています。
そして、
大切な物を必死に守るゆえ、落ち武者と化したそのプロセスにおいて、
言葉では言い尽くせない心苦の記録がその地域に深く磁場となって
それは、これまで体験したことのない湿気として全身で感じ取りました。
その石塀は今尚死守していると力いっぱい訴えていました。
川も完全に枯れてしまっています。
当然疲労はピークとなりますが、
翌朝、車で出かけますと、海が放射状に見渡せる場所に辿りつきました。
 
 
 
吹きわたる風、先ほどまでの湿気はうそのよう。
その風に乗せ、死守していたことに理解を、
されど無念や憂いは潔く手放していくことを深く祈りました。
そして、降りたところに八柱神社があり、
ご報告の参拝をさせていただきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
木霊に迎えられて、森に住まう様々な存在が音を出し、応えていただきました。
 
執着と言うしがらみから解き放たれ、死守したそんな己の存在に安心と敬意を
取り戻した武将さん方のお姿を確認し、
この場を後にいたしました。
 
感謝
 
 
 
そして、不動滝へ向かいました。
 
この日
はるばる青森から来ていらした高校生が演じる
~もし高校野球の女子マネージャーが青森の「イタコ」を読んだら~
を鑑賞させていただくこととなりました。
 
仲間を震災で失った球児、自分だけ生き残り野球を続けることに深い罪悪感に
苦しみます。
しかし、その仲間たちとイタコを通し再会し、
その罪悪感から解放されます。
幸福になっていいんだと悟ります。
 
落ち武者といわれた方々の真相とも重なり、
深く理解いたしました。
 
こうして二日目を終え、新桑に戻りましたら、
うそのように透き通っていました。
 
三日目の朝、
車の運転席には真っ白な羽根、車の横には鷹の羽根、お借りしたロッジの前には
鹿がやってきた痕跡
運転し始めますと黒アゲハの群れが目の前を舞い、
尋常でないサインを見せていただき、
新桑を後にいたしました。
 
 
 
 
 
 
この後はとにかく白い羽根と鷹の羽根に案内を委ね
車を走らせます。
 
ですので、ルートも必然となります。
 
ほどなくして、神武台
 
 
 
 
 
神武天皇東征ゆかりの地です。
ヤマトタケルノミコト、オトタチバナヒメもよぎりました。
 
オトタチバナヒメは荒ぶる海を鎮めるため入水したとあります。
 
ここもこうして大切なものを守るため死守したエネルギーが
湛えられています。
 
そうした存在に敬愛と理解を持ちつつやはり、
人間として記憶している憂いを解き放つ必要があることを痛切に感じました。
 
続いては、鬼が城
将軍坂上田村麻呂が神通の矢でもって鬼をしとめたといわれています。
ここでも死守したエネルギーを強く感じました。
 
 
 
 
 
 
 
続いては、
花の窟神社が見えて来ます。
 
こちらは、八女という瀬織津姫のお付きの女性が、
時の権力者により殺害された姫の不遇、そして真相を明らかにできない絶望と
罪悪感の中でせめて余生を姫の弔いに捧げたいと願い
花を手向け祈り続けた場所でもあります。
 
 
 
 
 
 
ここも、大切なものを死守した場所です。
 
 
 
 
目の前に広がる七里御浜
海原に
死守するがゆえ、体験した壮絶な記憶を解き放つ
そんなビジョンが目の前にひろがります。
 
「ごめんなさい、許して下さい、ありがとう、愛しています」
 
車はどんどん進みます。
熊野三社も通り越し
奈良十津川に入ってまいりました。
 
どんどん、山道になっていきます。
道は、落石や道路ごと崩落するのではと思うほどの箇所がある
極めて細い道。
しかも急カーブの連続です。
いったいどれだけ、こんな道を走るのか、気が遠くなりました。
 
山奥へ山奥へ頂きへ頂きへ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
熊野本宮大社奥の院玉置神社にやってきました。
こちらも神武天皇ゆかりの地となります。
 
 
 
青い光に満ちています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この聖域で、
これまで、死守してきたことへの感謝と
それに伴う体験を解き放つことを完了したご報告と
聖域そのものの役割を終えていくそんなビジョンを確認させていtだきました。
 
感謝
 
帰路は、吉野、明日香村、石舞台、梶原、神武天皇稜、大輪を通過しながら、
伊賀へと入り
家路につきました。
「ありがとうございました」と呟きながら。
 
死守するが故、突出した男性エネルギーは
海原に優しく、力強く、押し流されていきます。
そうあります。
 
 
 
 
 
 
 

蝶が舞うように海原に解き放つに対する0件のコメント:

コメントRSS

コメントを書く

お名前:
Eメールアドレス:(必須)
ウェブサイト:
コメント:
HTMLタグでテキストを大きくする, ボールド, イタリック体 にするなどの編集が可能です。 編集の方法はこちらで.
Post Comment